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バルセロナ移住計画

日々、バルセロナへ移住するまでの珍道中を書いていきます

お母さん

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今週、4月1日から新しい会社勤務が始まった。
久々の社会復帰は、思った以上に心身に堪えた…。 
当たり前に、新入社員じゃないしねぇ (苦笑)
まぁ、でも何をやっていても働いている方が健康的に過ごせる気がする。


それまでは、(今もだけど)お母さんのことをずーっと考えている時間が多かったし、福島への四十九日後の挨拶回りや、
荷物の整理、気晴らしの沖縄旅行、なんやかんやで喪に伏してた。

あとは、みーの体調のことがあったりで、仕事も含めて、これから自分はどうしていけばいいかずっと分からなくなって、迷いの中を彷徨っていたと思う。

自分は、やっぱり事前準備をするより動き出した方がうまく回りだすのは、昔から変わらないんだなぁ。
精神的にも動いた方がいい。

昨日は、久々に弟と二人で夜中まで呑んで、お母さんと3人で国立の大学通りを満開に咲く夜桜を花見出来て良かった。

本当は、3人で美味いものでも食べて、温泉行って、ゆっくりしたりしたかったね。
ハワイにも行きたかったね。

お母さんが天国へ行ってから、
外で家族(お母さんと子供)を観る目が変わったよ。
どんなお母さんも子供も愛おしいよ。
そんな母子の光景を見る度に、

「あぁ、俺もこんなふうにお母さんに愛されて育ててもらったんだなぁ」って思うことが多いよ。

いつもいつも俺と弟を心配して、
30過ぎた俺たちを、ずーっと変わらず愛してくれて、
どんなに生意気な口きいても、
どんなに邪険に扱っても、
ずーっと変わらず愛してくれた。


ずーっとずーっとずーっと、
女で一つで借金までして何不自由なく俺たちを育ててくれた母。

逝ってしまうまで、何一つ知らなかった俺たち。

バブルだった80年代。
当時、貧乏だったうちは家族で団地に住んでいた。
そんなうちにも郵便ポストには、宝石や指輪のチラシがよく入れられてた。
母は親父から結婚指輪を貰ってなかったから、当時、5歳とか6歳の俺はそうした宝石のチラシをハサミで切り抜いて、
「お母さん、指輪あげる」とか言って、
よく母にプレゼントしていた。
母はそんなチラシの切り抜きを大事にしてくれて、喜んでくれた。

だからね、俺はお母さんに素敵な指輪をプレゼントするのがずっと夢だった。

素敵なジュエリーの広告を観るとね、
いつかお母さんにプレゼントしてあげようって考えてたんだ。

沢山苦労させてしまって、ごめんね。
お金持ちになるからね。

お母さん、産んでくれてありがとう
お母さん、沢山愛してくれてありがう
お母さん、美味しいご飯をありがとう
お母さん、いつも見守ってくれてありがとう
お母さん、早く生まれ変わってまた会いに来てね。

それまでゆっくり天国を満喫してね!

ずっと、言えなかったありがとう。

そして、愛してるよ!!!