バルセロナ移住計画

日々、バルセロナへ移住するまでの珍道中を書いていきます

2018年5月6日(日)GW最終日

GWといっても3日〜6日の4日と前半の3日間か。
おおよそ5日ってところか。
もう日付は変わって7日。
 
GWは1日まともに勉強したり仕事したくらいで、
後の3日間は加藤さんと飲んだり、石本と飲んだり、映画に行って終わった。
今日は、夕方たまたま滑り込みで、
代々木公園へレインボープライドを覗きにいく。
やはり凄いゲイレズビアンの数なのと、いまいちな盛り上がりなので、
40分で綱島へ引き返す。
 
休みとはきちんと予定を立てないと、いつもこうなるものだ。
予定を立てる習慣をつけたいと思いつつ37になってしもうた。
 
根本的なことなんだけど、仕事以外で予定を立てることをしない。
 
なぜか?
 
ゆっくりしたいから。
ただ、その一方で予定がないことを悔やむ。特に夜ね。
どちらが良いのかといえば、強制的に予定を立てること。
それでそれを無理やりやる。
 
毎日、予定を立てよう。
毎日、スペイン語を1時間、オーディオ聞こう。
 
 
GWも、ふっと時間が空くと息子のことばかり考える。
諧のことがいつも恋しくなる。
仕方がない。
 
これからどう生きたいか?
 
楽しく楽にお金を沢山稼ぐ。
毎日、息子と一緒に遊ぶ、話す、寝る、笑う。
毎月、家に30万円入れる。
 
美味しいものをいろんな人とシェアする。
ホームパーティーをする。
コマーシャルの仕事、食の仕事、アートの仕事をする。
 
2018年10月22日 バルセロナへ引っ越し
2019年、バルセロナにマンションを5棟所有する。
2020年、ハワイに貸家を2軒持つ。
2021年、横浜に賃貸マンションを1棟もつ。
 
世界中を飛び回って、世界中のアーティストたちと仕事をする。
 
鯉口シャツのブランドを作る。
世界中の人たちを笑顔にする。
世界一周の旅に出る
 
家族でたくさん素晴らしい思い出をつくる。
 
たくさんの友人と先生、恩師、メンターと出会う。
 
拡張と喜びの中を生きる

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1992年の母

今から26年前。俺は当時、11歳。
母は37歳。ちょうど今年の俺と同じ歳。
 
母は親父と離婚をした。
俺たちを鳥取の山村留学へ行かして、両親同士は離婚問題の話し合いに入っていた。
揉めている離婚を子供に見せないための母の精一杯の配慮と愛情でもあった。
 
それでひと段落した頃だろう、母は当時のチャネラー仲間とメキシコやグアテマラを周る
スピリチュアルツアーへ出た。
 
それが1992年の秋だ。
 
母が亡くなって、もう3年と3ヶ月。まだ3年と3ヶ月。
 
母が遺した遺品の大半を引っ越しの際に捨てた。
ただ、いくつか思い出深いものや、どうしても手放せないものだけ絞って手元に置いた。
 
そうした遺品の中に、ビデオテープがあった。
結構残したビデオテープはどれもラベルが貼っていなかったが、
唯一、92年のユカタンツアーの記録動画らしき4本にだけ、ラベルが貼ってあった。
きっと、誰かから購入したか、譲ってもらったのだろう。
 
母が映っている確証はなかったが引っ越す際、
ビデオテープはその4本と、無記載のビデオテープ2本、
花見山の恐らく親父が撮影しただろう、MINI VHSだけ残してあとを捨てた。
 
そのラベル付きのVHS4本を見るために、
ビデオデッキが置いてあるネットカフェや店を探した結果、
渋谷のTSUTAYAで貸し出しているのを知り、
タイミングよく返却されてすぐに借りることができた。(最初、ややクレーマーだったが。。)
 
そんなんで、26年前の母親の姿をヒッピーツアー一行の中に探した。
 
最初は瞑想のシーンばかりでほとんど参加者は映らず、
アメリカ人であろうチャネラーの講師(グル)が中心だった。
 
それが後半で参加者の様子が映され始めると、いくつかのシーンに母が映っていた。
当時の勝気でカメラの前でおどける調子のいい母の姿だ。(笑
 
母は最後、亡くなる前は身体が弱っていたから、
まだ30代で勢いのあった当時の母の姿はとても懐かしく、
また、 鮮明に記憶が蘇ってきた。
 
 
映像を見て感じたことは、人生は一度きりってことだ。
 
当時37歳の母と、来週37歳の俺。
 
母からのメッセージは、映像でやってきた。
 

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諧 1歳と12日目

先月の3月20日で、諧も1歳の誕生日を迎えて2週間近くたった。

掴まり立ちして、一人でヨチヨチ歩けるようになってきたみたいだし、

上の歯と下の歯も生えて、うんちも液状じゃなくなって、好き• 嫌いとか、

意思を伝えるようになってきた。

退屈になると、もうワーワー不満一杯に叫ぶ。

だいたいいつも笑っているみたいだけれど、楽しいとキャッキャッ笑う。

息子の笑っている顔が特に好きだ。

 

そんな息子の成長を少しづつだけど、遠くからだけど、感じることができて

とても嬉しい。いつも息子のことを考える。

いつか、諧も親になる日が来るんだろうな。

 

彼の側にいて、いつも抱きしめたい。

たくさんキスをしたい。

そして、彼の幸せを全力で応援したい。

単純なことだ、俺の望み。

 

どんどん大きくなってほしい。

健康に楽しく、毎日を送ってほしい。

将来、君は日本とスペイン、もちろんそれ以外の世界中をまわって悠々と、

堂々と生きていると思う。

 

パパもママも1歳12日で、まだまだ新米だけど、これからもよろしくね!

te amo mi vida Kai

 

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バルセロナ5日目

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バルセロナ市内のparallel駅近くのピソからこの記事を書いている。


この家はタチアナの友人のパウラが、貸してくれている。

昨日から部屋を借りているが今夜は諧とタチアナと泊まる予定だ。


バルセロナに来た理由は以下の3つのためだ。

1: タチアナに諧のためのお金、要は養育費を渡すため


2: タチアナと諧の顔を見るため


3: こっちに移住できる何か手掛かりを見つけるため


何よりもリラックスするため、自分のスイッチを切り替えるためだ。


タチアナと諧は、一月早く9月5日にこちらへ帰国している。

だから事務的なことといえば、お金を渡すことなんだけど、やっぱり諧の顔が見たかった。


私にとってとても希望であり宝であり未来な存在である息子のそばに少しでも多くいたい、彼の成長を見たい、彼が幸せで楽しい人生を歩めるようにサポートしたい。それだけだ。


息子を見ていると私は幸せだ。

そして、私が私の母に愛してもらったように、私も私の息子を愛していきたい。


今は親子が離れ離れになっているが、NIEを取得して住めるようにする。そのために自分ができること、

一年は暮らせるための資金をつくること。ビジネスをスタートできる土台をつくること。

仕送りを毎月、十分にできれば10万円はできるようになりたい。

わたしの母がわたしと弟へできたのだから。


昨日は、諧とタチアナとパウラの家へ寄ったあとバルセロネータの海へ。


バルセロナネータの海へ母を流した。

海底へ流れていった。

毎回、私が旅をする度に、いろいろな国、歳の海へ母を流そうと思った。


今できているのはギリシャのミコノス島とバルセロナ

これでバルセロナの海にいつでも手を合わせられるからね。


この街、バルセロナに住んでみたい、住みたいと思った10年前。


いつかスペイン人の奥さんと結婚してワインを飲みながら、いつも丘の上から海を眺めている日々を想像してから早や10年?

 

バルセロナを拠点にアートディレクターとしてビジネスマンとして世界中を飛び周りたい。


少しづつだけれど、まだ道半ばだけれど、私の願いが叶っていくことに感謝しています。


早く諧と家族で暮らしながらクリエイティブで刺激的なバルセロナでの生活が送れますように。


これからも素敵な出会い溢れた人生でありますように

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福島の郡山へ息子を連れて行った。

目的は挨拶回り。


27年ぶりに会ったもう一人のおばあちゃん


27年

たぶんそれくらい。

最後に会ったのが小学生、3〜4年生。


長かったね


孫がひ孫連れて再会する年月じゃないね、本当に。


でも、やっぱり会えて良かった。


諧が再会させてくれたね


息子よ、ありがとう


毎日笑顔であれば嬉しい

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いつも笑顔で


いつも笑って


いつもシンプルに

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f:id:haruhiko1221:20170826000130j:plain 諧


わたしとタチアナのところにやってきてくれてありがとう。


君が来てくれてほんとうに幸せ


君が笑ってくれると生きてて良かったなって思います。


君がママを笑顔にしてくれているのをとても感謝しているよ。


諧、君といつも一緒にいたい。

今は仕事があって朝と休日しか君の笑顔が見れないけど、俺はそれだけで幸せだ


諧、君と君のママを笑顔にすることが俺の務めだと思ってるよ


ママは今、俺のこと嫌いみたいだけど、俺はいまでもママを愛してる

ママは俺と別れるって言って君を連れて友達の家へ行ってしまったけれど、ママがいつもパパに不満ばかりいうからパパはどうもうまくできないんだ

とっても悲しいけれど、ママに幸せになってもらうにはパパが楽しい姿になることなんだよな


諧、君はとってもハッピーだからみんなもハッピーなんだよな


諧、パパも君みたいにハッピーになりたい


諧、いつもいつもそばにいたい


諧、ママもパパも君を愛してる


これからもずっとずっと愛してる


今日もありがとう