バルセロナ移住計画

日々、バルセロナへ移住するまでの珍道中を書いていきます

青雲の志

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「青雲」それは君がみた光

僕が見た希望 「青雲」それはふれあいの心

幸せの青い雲


そういうことなんですよ!


青い空と青い海、気持ちいい風。

バルセロナはほんとうに気持ちいいバイブレーションが土地から海から充満しているから人々を引き寄せる。


それは、山と海が開けた場所にある土地のつくりにある気がする。

そして、何よりもその気がいい場所だと思う。


東京、横浜の空気濃度が3だとすると、

バルセロナは15くらいある。

つまり体感として5倍濃度が濃い空気がある。

これは大袈裟ではなく、俺は体感としてそう感じる。


観光客や地元関係なく、心地よい空気が流れている。


この空気はバレンシアにも似たものがあるが、バルセロナほど濃厚ではない。


トレドは城下町のような哀愁があり、

マドリッドはどちらかというと、

もっと閉じた都会のスノッブさが空気にあり

楽しい気分にはやはりバルセロナほどならない。

マラガも目の前が海だが、

衰退している感があるからか、

街が小さいからか、悲しみが含まれている

土地な気がした。(もう10年以上前の話だが)


楽しい気が流れる土地という意味では、

ギリシャサントリーニ島へも行ってみたい。

ギリシャはまっすぐミコノス島へ行ったから、俺はミコノス島しか知らない。

ただ、そこで会った親父がサントリーニはホッピングするような気が流れていると言っていたのが今でも覚えているし、気になってもいる。いつか行きたい島だ。




ミコノス島は、とても静かで

そしてとても寛大な島だった。

冬にいったのもあったかもしれないが、

とてもとても爽やかな風が吹く中にも、

厳かな空気をもった島だった。

一人でいる最高の楽しみを与えてくれたのがミコノス島だった。


おそらく、サントリーニは暖かい空気が流れているのだろう。そんな空気は誰かとシェアしたいと思わせるのだろう。



バルセロナサントリーニ島マヨルカ島

そして、ハワイ島にも行ってみたい。


諧とタチアナ連れて島を巡りたい


ギリシャにも住んでみたい

高崎からはじまるBarcelona生活

今週の週末(土曜日と日曜日)を使って高崎の店を手伝いにいった。

星野社長、木村チーフ、ロウさん、三島さん、小松さん、アルバイトの子たち。
みなさん、店のスタッフとしてかなり党勢のとれたレベルの高いチームだった。
 
お店が地元では有名な?高級料理店ということもあり、地元の家族づれが多い。
また、老夫婦や女性マダムたちをよく目にした。
初日、土曜のランチはヒマだったが、夜は賑わった。
日曜日は、とにかく忙しく今年初の売り上げをたたきだして大繁盛だった。
 
そして、日曜日は郁美さん、田中さんとも共通の知人である
とにかく明るい渋谷さんも家族で来店していただいていたので驚いた。
 
まあ、とにかく高崎はクソを超えて異常に暑すぎる。
 
東京はあらゆる意味で人間の住む場所ではないが、
高崎はありえない暑さという意味で住む場所ではないと悟る。
 
寮にも行ったが、こちらは前の住民のジョエル(スペインからのインターン)が
有難いことに掃除しないで帰国したままにしてくれていて、
さらに布団が2セットそのままだったり、ゴキブリいたり(まぁ当たり前にいるだろうが)
いつからのかわからないウォーターサーバーがあったりと、
住みやすい独居房全開の環境でテコ入れありすぎることへ感謝した。
 
なぜに40度近い、超える?高崎に人は住めるのか?
なぜに高崎は観光名所がないのか?
なぜにYAMADA電器の本社が駅前にあるのか?
 
なにもない高崎での半年がこれから始まろうということに武者振るいするしかないな。
 
東北から広島までの本州は、人の住む環境ではないと信じているからして、
もう過去を捨てるしかないな。
 
そんで、話を戻すと………………
初日から覚えることが沢山ありすぎてどうなるかと思った。
そして、休む暇などない忙しさがエンドレスなのだ。
こうした忙しい、緊張することを強いられる環境に、

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軽いアドレナリンが出るのが楽しいのだろうか。
退屈しているよりは、まぁいいだろうが。
 
明けて、本日、月曜日は高崎からそのまま武蔵小杉で親父、弟とおちあい、
たまたま発見した「孤独のグルメ」に登場した三ちゃん食堂へ行く。
 

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ただ、満席だったため向かいにこれまたたまたまあったパワーズで一杯飲むことにする。
 
 
んで、、、三ちゃん食堂入って飲んで、食って、写真も撮って、
それから高架下のよくわからないダイニング&バーでアイスやコーヒーを飲んで帰宅。

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心地よい場所、バルセロナに住んで、楽しく生きる。
これが何よりだし、ここがスタートだ。
 

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   Viva 高崎  →  Barcelona !!

どう思われてもいいさ

誰にあたる言葉なのか。

誰のための言葉なのか。

正直であること。

ほんとうは、、のそのほんとうを生きること。

20代に聞いた声に従うこと。

もっと、求めること。 

弱さを感じて認めること。

身をまかせること。

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Ba ba babylon girl

Danny Oceanという歌手の歌がここずっと

とても耳に残るからyoutube観た。

切ない声だからか、歌詞がそうだならか

染みる声だなー。ちょっと凄い歌手な気がする。

Esta canción es maravillosa


Danny Ocean - Me Rehúso

https://m.youtube.com/watch?v=LbKcHy9cav0

https://m.youtube.com/watch?v=aDCcLQto5BM

https://dannyocean.lnk.to/MeRehusoID



Ba ba babylon girl

Ba ba babylon girl

Para todos aquellos amores que

Que fueron obligados a ser separados

Ba ba babylon girl

Ba ba babylon girl

Esta canción es para ti

Dime cómo le explico a mi destino que ya no estas ahí 

Dime cómo haré para desprenderme de este frenesí 

Esta locura que siento por ti 

Con esta química que haces en mí 

Ya no puedo girl, ya no puedo girl

Nena discúlpame y si te ilusioné yo no lo quise hacer 

Sé que en el amor cuando es real ese vuelve, vuelve 

Pero cómo olvidar tu piel y cómo olvidarte mujer 

Y ya no puedo girl, ya no puedo girl

Baby no (baby no) 

Me rehúso a darte un último beso así que guárdalo (guárdalo)

Para que la próxima vez te lo de haciéndolo (haciéndolo) 

Haciéndotelo así, así, así 

Así como te gusta baby

Sin mirar atrás sin buscar a nadie más 

Solo quiero estar contigo woah

Si no te tengo aquí conmigo ya no quiero ser tu amigo 

Porque tú eres mi camino woah

Y yo solo quiero estar junto a ti 

Nena por favor entiéndelo 

Solo dame tu mano y confía en mí 

Si te pierdes solo sigue mi voz

Y dale tiempo (tiempo)

Mami al tiempo (tiempo) 

Que tú, que yo 

Estamos hechos para estar los dos

Y dale tiempo (dale tiempo) 

Baby al tiempo 

Que tú y yo, que tu y yo 

Estamos hechos para estar los dos

Baby no (baby no) 

Me rehúso a darte un último beso así que guárdalo (guárdalo)

Para que la próxima vez te lo de haciéndolo (haciéndolo) 

Haciéndotelo así, así y así 

Así como te gusta baby

Baby no

Me rehúso a darte un último beso así que guárdalo (guárdalo)

Para que la próxima vez te lo de haciéndolo 

Haciéndotelo así, así, así 

Así como te gusta baby

Así así así como te gusta baby

Baby no (baby no) 

Me rehúso a darte un último beso así que guárdalo (guárdalo)

Para que la próxima vez te lo de haciéndolo 

Haciéndotelo así, así, así 

Así como te gusta baby

Baby no (baby no) 

Me rehúso a darte un último beso así que guárdalo (guárdalo)

Para que la próxima vez te lo de haciéndolo 

Haciéndotelo así, así

Así como te gusta baby


きっと、うまくいく

きっと、うまくいく【インド映画】

っと、うまくいく(字幕

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171分 2013年

ハーリースウェール!!!!!!!

最高に笑えて泣ける映画だった。はじめて観たこれまでで最高のインド映画。

はてはブログを満をじして書こうと思ったら、江ちゃん(江頭2:50)推薦映画として、

たくさんの人がレビューとブログを書いていた。

考えずに観たら、本当に最高だった。

 

amazonプライムの人はなにも考えずに観て欲しい。

もちろんDVD借りてもよし。

www.amazon.co.jp

楽しかった!!!!!!!!!

ありがとう!!

 

VIVA INDIA

 

 

 

 

 

版)

2018年5月6日(日)GW最終日

GWといっても3日〜6日の4日と前半の3日間か。
おおよそ5日ってところか。
もう日付は変わって7日。
 
GWは1日まともに勉強したり仕事したくらいで、
後の3日間は加藤さんと飲んだり、石本と飲んだり、映画に行って終わった。
今日は、夕方たまたま滑り込みで、
代々木公園へレインボープライドを覗きにいく。
やはり凄いゲイレズビアンの数なのと、いまいちな盛り上がりなので、
40分で綱島へ引き返す。
 
休みとはきちんと予定を立てないと、いつもこうなるものだ。
予定を立てる習慣をつけたいと思いつつ37になってしもうた。
 
根本的なことなんだけど、仕事以外で予定を立てることをしない。
 
なぜか?
 
ゆっくりしたいから。
ただ、その一方で予定がないことを悔やむ。特に夜ね。
どちらが良いのかといえば、強制的に予定を立てること。
それでそれを無理やりやる。
 
毎日、予定を立てよう。
毎日、スペイン語を1時間、オーディオ聞こう。
 
 
GWも、ふっと時間が空くと息子のことばかり考える。
諧のことがいつも恋しくなる。
仕方がない。
 
これからどう生きたいか?
 
楽しく楽にお金を沢山稼ぐ。
毎日、息子と一緒に遊ぶ、話す、寝る、笑う。
毎月、家に30万円入れる。
 
美味しいものをいろんな人とシェアする。
ホームパーティーをする。
コマーシャルの仕事、食の仕事、アートの仕事をする。
 
2018年10月22日 バルセロナへ引っ越し
2019年、バルセロナにマンションを5棟所有する。
2020年、ハワイに貸家を2軒持つ。
2021年、横浜に賃貸マンションを1棟もつ。
 
世界中を飛び回って、世界中のアーティストたちと仕事をする。
 
鯉口シャツのブランドを作る。
世界中の人たちを笑顔にする。
世界一周の旅に出る
 
家族でたくさん素晴らしい思い出をつくる。
 
たくさんの友人と先生、恩師、メンターと出会う。
 
拡張と喜びの中を生きる

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1992年の母

今から26年前。俺は当時、11歳。
母は37歳。ちょうど今年の俺と同じ歳。
 
母は親父と離婚をした。
俺たちを鳥取の山村留学へ行かして、両親同士は離婚問題の話し合いに入っていた。
揉めている離婚を子供に見せないための母の精一杯の配慮と愛情でもあった。
 
それでひと段落した頃だろう、母は当時のチャネラー仲間とメキシコやグアテマラを周る
スピリチュアルツアーへ出た。
 
それが1992年の秋だ。
 
母が亡くなって、もう3年と3ヶ月。まだ3年と3ヶ月。
 
母が遺した遺品の大半を引っ越しの際に捨てた。
ただ、いくつか思い出深いものや、どうしても手放せないものだけ絞って手元に置いた。
 
そうした遺品の中に、ビデオテープがあった。
結構残したビデオテープはどれもラベルが貼っていなかったが、
唯一、92年のユカタンツアーの記録動画らしき4本にだけ、ラベルが貼ってあった。
きっと、誰かから購入したか、譲ってもらったのだろう。
 
母が映っている確証はなかったが引っ越す際、
ビデオテープはその4本と、無記載のビデオテープ2本、
花見山の恐らく親父が撮影しただろう、MINI VHSだけ残してあとを捨てた。
 
そのラベル付きのVHS4本を見るために、
ビデオデッキが置いてあるネットカフェや店を探した結果、
渋谷のTSUTAYAで貸し出しているのを知り、
タイミングよく返却されてすぐに借りることができた。(最初、ややクレーマーだったが。。)
 
そんなんで、26年前の母親の姿をヒッピーツアー一行の中に探した。
 
最初は瞑想のシーンばかりでほとんど参加者は映らず、
アメリカ人であろうチャネラーの講師(グル)が中心だった。
 
それが後半で参加者の様子が映され始めると、いくつかのシーンに母が映っていた。
当時の勝気でカメラの前でおどける調子のいい母の姿だ。(笑
 
母は最後、亡くなる前は身体が弱っていたから、
まだ30代で勢いのあった当時の母の姿はとても懐かしく、
また、 鮮明に記憶が蘇ってきた。
 
 
映像を見て感じたことは、人生は一度きりってことだ。
 
当時37歳の母と、来週37歳の俺。
 
母からのメッセージは、映像でやってきた。
 

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